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なぜプライバシーは重要なのか?/グレン・グリーンウォルド

エドワード・スノーデンの機密ファイルを最初に目にして記事にした記者の1人でもあるグレン・グリーンウォルド氏が、人々がいつでも監視されうる社会は、画一化と服従と隷属を生み出すと警告。たとえ「隠さなければならないことなどない」場合でもプライバシーは重要であると主張しています。

(所要時間:約20分)

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動画の内容 (全文書き起こし)
グレン・グリーンウォルド

YouTubeには ある種の体験を扱った一群のビデオがあります ここにいる皆さんにも 同じような体験があるはずです そこに映っているのは 他に人はいないと思って 何らかの表現行為を している人物です 絶唱していたり 踊り狂っていたり ちょっとした性的行動を していたり・・・

ところが実際は自分一人ではなく ひそかに見ている人間が いるのに気付き 恐怖に打たれて それまでしていたことを はたと止めるというものです 恥や屈辱を感じていることが 表情に はっきり見て取れます こんな感情です 「誰か見ていると知っていたら 絶対こんなことは しなかったのに・・・

これが16か月に渡り 私が特に集中して 取り組んできた活動の核心 「なぜプライバシーが重要なのか」という問題です

この問題が持ち上がった背景には エドワード・スノーデンの暴露に端を発する世界的な議論があります アメリカとその同盟国は 世界中の誰も知らないうちに 以前は 自由化と民主化の かつてないツールとして 歓迎されていたインターネットを かつてない程の 無差別大量監視の場に 変えてきました

この議論では こんな意見が よく聞かれます 大量監視を快く思わない人々の間にさえ広がっている意見です

この大規模な権利侵害から実害は生じない なぜなら悪事を働いている人間だけが 人目を避けたりプライバシーを気にする動機があるからだ

この世界観が暗に根拠とする考え方があります

「世界には2種類の人間 ― 善人と悪人がいる」 悪人はテロ攻撃を画策し 暴力的な犯罪に関与しているからこそ 自分の行為を隠し プライバシーにこだわる動機があるというのです 一方で善人とは 仕事に行き 家に帰っては 子育てをし テレビを見るような人々です インターネットを 爆破テロの計画ではなく ニュースを読んだり レシピを教え合ったり リトルリーグの 試合を組むのに使い 悪事に手を染めることなどないので 隠す事もなければ 政府による監視を 恐れる理由もないというのです

でもこんなことを言う人々は 極度の自己軽視に陥っているのです 実際にはこう言っているのも同然です

「私は自分が無害で敵意のない誰の関心も引かない人間になることに同意したので 自分が何をしているか政府に知られたところで恐れることは何もない」

こういう考え方が 最も純粋な形で 表れていると思うのが GoogleのCEOを長く務めた エリック・シュミットの 2009年のインタビューです 世界中の何億もの人々に Googleがもたらしている 様々なプライバシー問題について質問されて 彼はこう答えました

「もし他人に知られたくない事を やっているんだとしたら そもそも そんなことはしない方が良いと思いますよ」

この考え方に対しては 言うべきことが山ほどあります

まずプライバシーは それほど重要ではないと主張している人も 実際にはそう考えてはいません その証拠に プライバシーは重要でないと言っておきながら 実際には自分自身のプライバシーを守るために あらゆる対策を講じているのです メールとソーシャルメディアのアカウントにはパスワードをかけ 自分の部屋やトイレの扉にはカギをつけ プライベートな領域だと考えるものや 他人に知られたくないことに 他人が触れることができないように あらゆる手を打っています

エリック・シュミット自身 オンラインマガジンCNETに自分のプライベートな情報を記事にされた時 Google社員に対し CNETとの接触を禁じる指示を出しています しかも その情報は Google検索とその他のGoogle製品だけを使って入手したものでした(笑)

同様の矛盾は FacebookのCEO マーク・ザッカーバーグにも見られます 彼は評判の悪い2010年の インタビューの中で プライバシーはもはや 「社会的規範」ではないと公言しています ところが昨年(※2013年) ザッカーバーグは新婚の妻と パロアルトに自宅用の家に加えて 隣接する4軒を購入しました 総額3千万ドルです 自分達の私生活を 他人に見られないよう私的空間を確保するためです

この16か月 私は世界中でこの問題を議論してきましたが 毎回こんな発言をする人がいます

「私には隠すことなどないからプライバシーの侵害など心配していない」

その度に私は同じことを言っています ペンを出しメールアドレスを書いて言うのです 「これが私のアドレスです あなたが家に帰ったら メールアカウントのパスワードを全部私に送ってください あなた名義のきちんとした仕事用のだけでなく全部です あなたがオンラインで やっていることを探って 好きなだけ読み 面白いものは公表したいんです 何しろあなたが悪人じゃなく 悪いことなどしていないなら 隠すべき事など ないはずですよね」

これに応じた人は 今まで一人もいません(拍手) 私はいつもそのメールアカウントをチェックしていますが誰も送ってきません

それには理由があります 私達は人間として たとえ言葉ではプライバシーの重要性を否定する人でさえ 心の底ではプライバシーが重要だとわかっているからです

確かに我々人間は 社会的な動物です 自分の行動や発言や考えを人に知って欲しいという欲求があり だからこそ自発的にネットで自分の情報を公開もするのです

しかし 自由で満ち足りた人間であるために 同様に不可欠なのは 他人の批判の目から逃れられる場所があるということです そういう場所を求めるのには理由があり それは私達の誰にでも — テロリストや犯罪者だけでなく 私達の誰にでも — 隠したいことがあるからです

私達の行動や思考の中には 医者や弁護士や 精神分析医や伴侶や 親友には言えるけれど もし世間に知れたら恥ずかしくてたまらない そんなことは いくらでもあります

私達は日々 他の人に知られてもよい発言や考えや行動と 誰にも知られたくない発言や考えや行動について判断しています 「プライバシーなど気にしない」と言葉では簡単に言えても 行動を見ると本当はそうではないことがわかります

プライバシーがこれほど例外なく本能的に求められるのには理由があります それは呼吸とか水を飲むような単なる反射運動ではないのです その理由とは 監視され 人に見られているかもしれない状況下では 私達の行動は劇的に変化してしまうからです

誰かに見られている感じがすると 私達がとりうる行動は著しく制限されてしまいます これは人間の本質に関わる事実で 社会科学 文学 宗教など あらゆる分野で受け入れられていると 言ってもいいでしょう 数十の心理学上の研究でも証明されています 監視されるかも知れないとわかっている場合 人間は大幅に迎合的で従順な行動を取りがちなのです

羞恥心は 人が避けたいものであり 非常に強い動機として働きます だからこそ人間は 誰かに見られている時は 主体的な意志よりも 他人からの期待や 社会通念上の要求に従った決定をするのです

この認識を最も上手く実用的に利用したのが 18世紀の哲学者ジェレミー・ベンサムです

彼は産業化時代が招いた大きな問題を解決しようとしました この時代になると施設の大規模化と中央集権化が進んだために 個々の人間の監視や 管理ができなくなりました そこでベンサムが考案した解決策は 刑務所を想定した 建築デザイン「パノプティコン」です その最大の特徴は 施設の中心に巨大なタワーを 建てる点にありました

施設の管理者は そのタワーから どの収容者だろうと いつでも監視できます ただ常に全員を監視することは不可能です このデザインの核心は 収容された人間からは このタワーの中が見えないことです だから監視の有無や いつ監視されているかは 絶対にわかりません

そのことに気づいた ベンサムは興奮しました 監視の有無がわからないなら 収容された人間は 常に監視されていると仮定せざるを得なくなり それが服従と従順を強いる究極の方法になるからです 20世紀フランスの哲学者 ミシェル・フーコーは このモデルが刑務所だけでなく 人の行動を管理しようとする あらゆる施設に適用できることに気づきました すなわち学校や病院 工場や職場です

フーコーによれば ベンサムが発見した この考え方 この枠組みこそ 現代の西欧社会における社会統制の重要な手段なのです 西欧社会ではもはや あからさまな 恐怖政治の武器は必要ありません 反体制派の処罰や 投獄や殺害も不要なら 法的に忠誠を強要する必要もありません 大量監視は 人の心の中に 刑務所を作り出すからです これは社会規範や 社会通念への 服従を促す手段としては 力で屈服させるやり方よりも ずっと目立ちにくい上に はるかに効果的なのです

監視とプライバシーに関する最も有名な文学作品は ジョージ・オーウェルの 『1984年』でしょう みんな学校で習うので陳腐にすら感じられます 実際 監視の議論でこの小説を取り上げても 現状には当てはまらないと 簡単に片付けられてしまいます

「『1984年』では 各家庭に監視装置があって どんな時でも 監視されていたけれど それは私達が直面する 監視国家とは全然違う」 でもそれはオーウェルが 『1984年』で発した警告を 根本的に誤解しています

彼が警告したのは 全員が常時監視されるような 監視国家ではありません いつ監視されてるかわからないと人々が感じている国家です 語り手である ウィンストン・スミスが 自分達の目前にある監視システムが どんなものか説明しています

「どの時点で監視されているかは知りようがなかった」

彼はさらに続けます

「いずれにせよ彼らは好きな時に監視装置に接続できた 発する音はすべて盗聴され 暗闇の中でない限り すべての動きが観察されているという前提で生きるしかなかったし 実際そう生きていた 習慣は本能になっていた」

ユダヤ教 キリスト教 イスラム教は どれも目に見えない全知全能の神を前提としています 神は全知全能なので 人間のあらゆる行いを常に見ていて 人間には私的な時間など 一瞬たりともなく それが神の言葉への 服従を強制する 究極の手段となるのです

共通点が無いように見える これらすべてが認め 共通してたどり着いている結論があります 人々がいつでも 監視されうる社会とは 画一化と服従と隷属を生み出す社会なのです だから圧政者はみんな 誰から見ても明らかな者であれ 影に隠れた者であれ そんなシステムを欲します

逆に これはさらに重要なことですが プライバシーの領域 すなわち 他人が投げかける批判の目から逃れて 何かを思い 考え 交流し 話すことができる場所へ行ける時に 初めて 創造や探究や反論は 可能になるのです だからこそ 私達が常時監視社会の存在を許すとしたら 人間的な自由の本質が大きく損なわれるのを認めることになります

最後に述べたいことがあります 「悪事を働く人間だけに 隠すべきことがあって プライバシーを気にする動機がある」 という見方についてです
この見方を通して 2種類の極めて危険なメッセージ 2つの危険な考えが すり込まれます

危険な考えの1つは プライバシーに関心を持ち プライバシーを求める人間が 必然的に「悪人」と 見なされてしまうということです こんな結論は 何としてでも避けるべきです

大きな理由の1つは 一般に「悪事を働く人間」と言う場合 テロ攻撃の計画や 暴力犯罪に関わるような人を指しますが これは権力を行使する側の人々の言う 「悪事」よりもずっと意味が狭いのです 権力者にとっての「悪事」は 権力行使の妨げになる行為を指すのが普通なのです

この見方から生じる もう1つの危険な考えは はるかに狡猾なものです この見方を受け入れた人々は 知らないうちに ある取引をしたことになります こんな取引です

「もしあなたが 政治権力を行使する側に対して 危害や脅威を及ぼさないことを 同意する場合に限って 監視されるという危険から逃れることができる 心配しなければならないのは 反体制派や 権力に反抗する人間だけである」

こんな考えは何としても 避けなければならないはずです

今は反対や抵抗をしようとは 思わないかも知れません でも そうしたくなる時が来るかも知れないのです たとえ そんな行為に関わらないと 自分では決意している場合でも 権力に進んで反抗し 抗議する人々がいるということ — 反体制派や ジャーナリストや 活動家といった 様々な人間が 存在するという事実は 社会全体に 善をもたらしますし みんなそれは維持したいと思うはずです

同様に重要な点があります 社会の自由度は 善良で従順で服従する市民を その社会が どう扱うかではなく 反体制派や 権力に抵抗する人々を どう扱うかで決まるのです

しかし何より重要な理由は 大量監視システムが 私達の自由をあらゆる面で抑圧することです 大量監視は あらゆる行動上の選択肢を 私達が気づかぬうちに禁止してしまうのです

著名な社会主義活動家である — ローザ・ルクセンブルクの言葉です

「動かぬ者は鎖に繋がれていることに 気付かない」

大量監視の足かせは 見えないようにも 気づかれないようにもできます でも だからといって 私達への束縛が弱まる訳ではないのです

ありがとうございました (拍手)

ありがとう (拍手)

ありがとう (拍手)

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(ブルーノ・ジュッサーニ)

ありがとう グレン あなたの主張には 説得力がありますね

ここで過去16か月間のことや エドワード・スノーデンについて 振り返りながら いくつか質問させてください

1つ目はあなた自身についてです

パートナーのデビッド・ミランダが ロンドンで拘束されたことや その他 様々な困難について記事で読んでいますが 個人として関与し リスクを冒すという点で 世界最大の国家と対峙するプレッシャーは大変なものだろうと思います この点について 少し話していただけますか

(グレン・グリーンウォルド)

今 起きていることの1つは この件を通して 人々の間に勇気が広まっているということです 私や一緒に活動している ジャーナリスト達は 確かに危険を感じています アメリカは 世界で最も強大な国家ですし 何千もの国家機密を 勝手にネットで公開されたら 快く思うわけがないでしょう

でもスノーデンのような 普通の環境で育った29才の 普通の人間が 一生刑務所に入る危険や 命の危険さえあるのを承知で 信念に従い勇気を持って行動するのを 目の当たりにして 私や他のジャーナリスト達 さらには 世界中の人々が刺激を受けました

その中には将来の告発者もいて 同じように行動できると気づいたはずです

(ブルーノ・ジュッサーニ)

あなたとスノーデンの関係に関心があります あなたと彼はたくさん語り合い これからもそうしていくでしょうが 著書の中で彼を親しみを持って名前で呼ぶのではなく 「スノーデン」と名字で呼んでいるのはなぜですか?

(グレン・グリーンウォルド)

それはきっと心理学者が調べるべきでしょう (笑) 自分でもわかりません ただ思い当たることはあります

それは彼にとって 最も重要な目標であり 最も重要な戦略としていたことに関わります 暴露の本質から目をそらす方法がいくつかありますが 彼自身に焦点を当てるというはそのひとつです だから彼はメディアと距離を置いたのです 彼は自分の私生活が報道の対象にならないようにしてきました だから私は 彼を 「スノーデン」と呼ぶことで あくまで歴史上の重要な立役者として扱い 個人として扱うことで 暴露の本質から焦点がずれるのを避けたのです

(ブルーノ・ジュッサーニ)

彼の暴露やあなたの分析 そして ジャーナリスト達の記事によって 議論はかなり盛り上がっています

例えばブラジルを含む 多くの政府が インターネットのあり方などを少し作り変える事業や計画に関心を示しています その意味では様々な事が 起きていると言えます

ただ あなた自身にとって 終局はどんなものに なるのでしょう? どの時点で 「時計の針は進んだ」と 判断するのですか?

(グレン・グリーンウォルド)

ジャーナリストという立場では ゲームの終わりはとても単純です 伝える価値がある全ての文書 公開すべき全ての文書が 確実に公開されるようにし 隠されるべきでない機密が 全て公になることです

私には それが報道の本質ですし 専念してきたことですから 大量監視を嫌悪する人間として 先ほど話した理由を含む たくさんの理由から この活動は終わらないと私は考えています それは世界中の政府が 全国民を傍受や監視の対象にできないようにするまでは終わりません

そのようなことは 対象となった人物が 実際に悪事を働いていることを裁判所なり何なりに証明できる場合に限るべきです これがプライバシーを生き返らせる唯一の方法だと思います

(ブルーノ・ジュッサーニ)

以前TEDで見た通り スノーデンは自分自身について 民主主義の価値観と原理を守る立場だと 明確に述べています その反面 彼の動機が それだけとは思わない人もたくさんいます お金は絡んでいないとか 中国やロシアには 機密情報は少しも売っていないとは信じられないというのです

現在 両国とも アメリカの親友とは言い難いですから ここにいる方の中にも同じ疑問を抱いている人が多いはずです スノーデンには私達がまだ見ていない側面を持っている可能性はあると思いますか?

(グレン・グリーンウォルド)

いいえ それは馬鹿げていると思います (笑)

仮にあなたが いや あえて批判的な事を仰っているのはわかりますが 仮にあなたが他の国に機密を売るとしましょう スノーデンなら やれただろうし 大金持ちにもなれたでしょう でも その機密を ジャーナリストに渡して公開させるなんて 絶対にしなかったはずです 機密に価値が無くなるからです

金儲けをしようとする人間なら 密かに政府に売ります ひとつ重要な点を指摘しておきましょう そういった非難の出所は アメリカ政府関係者や 様々な政府を支持するメディア関係者なのです そして他人に対して この手の非難をする人間 「奴は主義主張があって こんなことをしたんじゃない 何かよこしまな理由があるはずだ」 そんな事を言う人間は 非難する相手ではなく 自分自身のことを 言っているのです

なぜなら — (拍手) そういう批判をする人間の 行動には 不純な動機しかありません だからこそ彼らは 他の誰もが 自分達と同じように 「卑劣」という名の病に 蝕まれていると思い込むのです でもそれは憶測に過ぎません (拍手)

(ブルーノ・ジュッサーニ)

ありがとう グレン

(グレン・グリーンウォルド)

どうもありがとう

(ブルーノ・ジュッサーニ)

グレン・グリーンウォルドでした (拍手)

引用元:TED

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